マシジミとガシャモク

マシジミとガシャモクを手賀沼に復活させよう

福島原発被害

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実家に行ってきました。

家を3軒見せて貰ったけど、それぞれに軽微な、石の塀や土蔵の壁が少しやられ、ガラスが割れ、内装が破けたりしていました。

そして、皆申し合わせたように崩れ落ちた壁やモルタル、石塀が片付けられずにそのままになっています。

保険の査定が終わっていないとか、一月以上経つのに気分は避難生活のまっただ中にある状態でした。

それと大きな問題は、赤い円の外にはみ出した、線量の多いところにあるためそれに対する感じ方が非常に敏感になっていたことです。

福島も郡山も、こちらにいると全然問題はないような報道だけど現地の新聞やテレビは毎日の線量を流していて、あの飯舘村より高い値を示していたりするとびりびりしている人がいました。

今日の新聞では、人の年間許容限度20ミリの換算値に相当する時間当たりの線量3.8μを超えたところがあちこちにあるとの記事が出ていました。

3号機の爆発で舞い散った塵が、風で運ばれ雪で集められ地面にプリントされたのがそのまま残っているところに、事故以来毎日少しずつまき散らされている放射能が補給されているので、64キロ離れているのに相当な線量がそこにある状態が続いているようです。

プロの農家は収穫はするものの野菜くず捨て場に直行するだけ、一般人も土いじりはするなとなっていて、畑や庭いじり禁止となっていました。

連日、田達に影響は無いという放送にすっかり洗脳されてしまっていた身にとっては非常に大きな驚きでした。

避難所にはいないけど、家の中には荷物が山積みになったままで、気分は避難所にいるような気持ちで、生活しているのが感じられ、メディアには出てこない原発被害があったのだと思い知らされました。

最近いろいろ言われ始めているけど、パラメーターは安定しています、と言い張ってきた東電と政府の責任どうなるのか、どうしてこんなことが許されるのか腹が立ってどうにもなりません。

原子力に拘わってきた弟の話を聞いても、収束させるうまい手があるわけではなくしばらくこのどうしようもない状態が続くみたいで、気分もしばらく暗いままで晴れません。

暗いままでいても仕方がないので、脳天気にこちらのムードで土いじりをして、野菜を食べて放射能塵の中で普通に生活をして行こうと思います。幸いその年齢になっているのがありがたいです。